原発労働者の詩

原発この労働者の詩

歌は浜岡原発の下請け会社で働いていて後に白血病で亡くなられた嶋橋伸之さんの話を元に作りました。この方の母親が訴えたことで、原発労働の苛酷さが初めて世に出るようになりました。

原発労働のブルース

俺は高校を出て地元で職を得たんだ   原子炉内部の保守点検を請け負う会社だ 軍手の上から2重のゴムテ3重の厚手の靴下はいて  停まったばかりの 灼熱の 原子炉の下に潜り込む  原発労働 被曝を強要

全部で58本もある中性子計測装置  そいつを外しパーツをチェックするんだ原子炉内の中性子を制御するための心臓部だ  責任ある重要な仕事だとおだてられて

原発労働 被曝を強要 孝行息子がしたくてローンを組んで建てた家 カギをもらったその日の玄関先でぶっ倒れ  目が覚めたのは市内の大きな総合病院のベッドの上 担当医は渋い顔で骨髄性白血病と告げた  わけ知り顔の弁護士が誓約書を差し出す  この金で手を打てば誰も傷つかない  見舞金を受け取ってひっそりと死を待てってことかい? 労災認定なんてバカな事考えるんじゃないと  原発労働  被曝を強要

見舞客の足はすっかり遠のいて  同僚なんて一回こっきりそろって来ただけ   あらゆる化学療法が試された  半身不随になって視界も閉ざされた       衰弱する俺の手を握ってくれるのは母親だけ 薄れて行く意識の中カタキは必ず取ってやると  管理外区域のエリート社員が テレビのCMに出ているよ  ヘルメットと保護メガネの 軽装備で計器をチェックする誰も放射能で死んだ事実はどこにもないと自信たっぷりに言い放った

俺たちは死ぬ前に使い捨てになっているのさ  原発労働 被曝を強要 原発労働  差別の労働

 

25日、日本共産党大演説会in福島

25日、福島駅東口での共産党演説会に参加しました。弁士は、熊谷智5区予定候補者、平善彦2区予定候補者、高橋千鶴子衆議院議員、山添拓参議院議員で、司会は岩渕友参議院議員でしたいわきからはマイクロバス2台で参加。総選挙勝利に向けて熊谷、平、高橋の各氏は菅政権を批判しながら決意表明、山添氏は核廃絶から学術会議問題、汚染水、コロナ、経済問題などを述べ、菅政権に続けさせるわけにはいかない、市民と野党の共闘で政権を変えよう、比例も含めて共産党への支持と躍進を訴えました。

遂に核兵器禁止条約の50ヵ国批准が達成!!

【フェイスブックより】ついにやった!。浦上天主堂前で訴え、NHKの朝ドラ「エール」。先週は名曲「長崎の鐘」が生まれるまでが描かれ、22日と23日は被爆直後の浦上天主堂が再現されました。そして25日早朝、核兵器禁止条約の発効が確定しました。本当に素晴らしいことです。核兵器保有国などは批准していませんが、アメリカが「批准するな」と各国に圧力をかけた事実は、この条約の発効に対する恐怖があるからでしょう。【NHK朝ドラ、この日は長崎の原爆のことを放映してました】先週のNHKの朝ドラ『エール』では、長崎の原爆投下後のことを記録した永井隆医師の手記『長崎の鐘』にまつわるエピソードが取りあげられていました。主人公の作曲家が、映画『長崎の鐘』の主題歌をつくるため、作者の永井医師に会いに行く話でした。主題歌『長崎の鐘』の詞をつくったのは、サトウハチローさんです。

こよなく晴れた青空を      悲しと思うせつなさよ    うねりの波の人の世に    はかなく生きる野の花よ   なぐさめ はげまし 長崎のああ  長崎の鐘が鳴る

サトウさんの詞には、原爆を直接描写した部分はどこにもありません。それは当時の米軍が検閲し原爆の描写を許さなかったからです。しかしそのことが、かえって詩の意味を深く悲しくしています。学生時代、長崎に一人旅をして、浦上天主堂に立ち寄った帰り、駅前の書店で文庫本の『長崎の鐘』を買いました。汽車のなかでボロボロ泣きながら読んだことを思い出します。長崎医科大学(現長崎大学医学部)助教授だった永井医師は、被爆で妻を亡くし、自らも重症を負いながら、日夜、被爆者の救護にとりくみました。『長崎の鐘』では、破壊された長崎の町や死んでゆく同僚や市民たちの様子が克明に描かれています。

『長崎の鐘』を読んでもなお、核兵器は必要だ、抑止力だと確信する人間がいるのだろうか。

志位核廃絶 【クイックしてください】

 

DSC_0268

日本共産党県議団、東日本大震災・原子力災害の伝承館へ

22日、日本共産党県議団は福島県双葉町にある、東日本大震災・原子力災害を語り伝える施設【伝承館】へ行きました。

入口に全体を説明するシアターがありました。各種展示も。【語り部の方が今日は紙芝居で】

隣の物産館の屋上から、中間貯蔵施設が見えます。

伝承館の前で

渡辺藤一さん、街中活性化絵画展

21日、渡部藤一さんの街中活性化絵画展を見てきました。湯本温泉に活気をと吉田さんがギャラリイを開設したものです。渡部藤一さんは95歳、共産党員として長く活動し、市会議員もやられた方で、私も市議の時ご一緒しました。懐かしい風景がたくさんありました。藤一さんの生きてきた歴史です。益々元気で地域のために活動してほしいと思います。

「いわき市民訴訟」結審・思いを込めて訴える

21日、「いわき市民訴訟」の結審の日です。思いを込めて訴える集会が開かれ裁判所に行かれる方を励ましました。元の暮らしを返せのいわき市民訴訟は、2013年3月11日提訴、いわき市民1574名(原発事故当時0歳~18歳まで256名を含む、懐妊してた人含む)【団長の伊東達也さん挨拶】 【各地で裁判を行っている方からの励まし】【日本共産党いわき双葉地区・熊谷とも委員長、私・宮川】

IMG_0002_BURST00120201021122333

訴えていることは、①原発事故は、国の規制基準が適切に行使されず、原発推進一辺倒の政策の中、国と東電との癒着、情報隠蔽などによって発生した人為的事故であったことを断罪する。②避難指示区域外であっても、いわき市民が放射能汚染への深刻な不安による日常生活を阻害される被害が続いていることを認めさせ、正当な被害者救済をはかること。【伊東達也団長先頭に裁判所に入る代表、報道より】【高橋明子市議と】

DSC_0198