大震災原発事故から6年目・雑誌「女性の広場」の取材を受けました(昨年暮れ)

大震災原発事故から6年目、日本共産党が発行する雑誌「女性の広場」の取材を受けました。近くの双葉町の仮設住宅を案内し、宮川の自宅で懇談をしました。

あの時の周りの状況や恐怖など改めて思い起こし、避難した方々に思いをはせました。自主避難だからもう終わり・家賃も支援しないということがいかに実態からかけ離れているかという事です。

家から5分ほどのところにある、南台の双葉町・仮設住宅な方が、人が少なくなっても復興バスはなくさないでと要望されました。(取材は昨年・12月27日)

大震災原発事故から6年目・雑誌「女性の広場」の取材を受けました(昨年暮れ)」への4件のフィードバック

  1. あけましておめでとうございます。お忙しい日々の始まりでしょうが、お体気をつけてお過ごしくださいますように。「女性のひろば」の取材は3月号でしょうか。楽しみに読ませていただきます。ところで、2月号には岩淵友さんと増子輝彦さんの野党共闘対談が載っていていい話だなぁと思って読みました。その中で岩淵さんが「浪江町は自治体が代理人となって町民の7割が原子力災害センター(ADR)に和解手続きを申し立てている唯一の町です。町民一人ひとりの人生を大切に思う馬場町長の心情に触れ、涙が止まりませんでした」とおっしゃっています。「自治体が代理人となって」というところがよく理解できません。お忙しい中、恐縮ですが、この辺りのことをお時間のあるときに教えていただけませんか?
    本年もよろしくお願いいたします。   塚田惠子

  2. 塚田惠子様へ
    福島県は原子力災害で様々な重大な影響を受けました。特に浪江町民は国から全町避難を命令され今も帰れません。家も職業も学校も農業等、すべてのつながりも故郷も失い、チリジリバラバラにさせられました。暮らしの確保はもちろん精神的物理的賠償を東電は行わなければなりません。しかし東電はこの賠償を値切り全く不十分な賠償しか行いません。個人的に東電に賠償を求めると特にひどいのです。それで町が町民の分をまとめて和解を行うADRに申し立てているのです。
    この無念さは計り知れないものです。宮川えみ子

  3. 宮川えみ子さま、早速、お返事していただきありがとうございました。よく理解できました。そして波江町の人々の苦難もより一層身近に感じられました。原発災害に対する賠償を最後まで責任をもって東電にしてもらわなくてはなりません。そして今の安倍政権の原発政策をやめさせるために、微力ながら力を尽くしたいです。塚田惠子

  4. 塚田恵子 様へ
    またいつでも声をお聞かせください

    宮川

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