故郷・家・友人を失った子どもたちに手厚い教員配置を・文教委員会に先生方の熱い要望


写真は、校長先生と懇談

県議会商労文教委員会は20日、相馬、南相馬の両市で、東電の原発事故で同じ校舎内で4つの少学校と一つの中学校が授業を行っている鹿島小学校、サテライトが実施されている県立相馬高校の児童や生徒の学習状況等を視察し、各校の校長先生等と意見交換をしました。


写真は、体育館を仕切って教室に(中学校)

「児童が避難先の市外の学校に通学した時、体験入学や聴講生のような扱いがある」「校庭や通学路の除染」などの要望が出ました。また、多くの先生からは、故郷や家もなくし友人が命まで落としている子どもたちがいる中で、(教員不足による)兼務を解消して手厚い教育ができるようにしてほしいと要望が出ました。

兼務だといって慣れ親しんだ多くの先生と別れなければならなかった子どもたちの思いを語りながら、今からでも兼務の解消をしてほしい、60キロを通っている先生もいる、心のケアと言うならば今の現場にあった教員の配置こそ重要と言います。

そして優秀な人材を教育現場に入れるためにも来年度の教員採用を求められました。

体育館を仕切った授業は騒音状態の中で行われ、授業はもちろん電話も聞こえない状況でした。実業高校の仮設は特別教室を作ることが要望され、子どもをたちが入れる宿舎などが要望されました。

写真は、かわいそうな健室・・・

写真は、体育館を区切って教室に(相馬高校)

原子力損害賠償は大きく構えるべき・県民の生きる希望を示せる方向を。夜は懇談会

19日、災害対策特別委員会があり、日本共産党からは藤川しゅくこ議員が質問しました。原子力賠償問題では、審査会の指針に縛られることなく大きく構えるべき、請求様式を簡便に、県民に生きる希望を与える対応をと質問。県も体制の強化をすることなどを答弁しました。
牛肉の放射能問題では、津波をもう一回かぶったようだと。避難区域のインフラ整備・常磐線の今後・サテライト校問題などが出されましたが、げんぱつの収束がはっきりしないとむずかしいなど、厳しい重い問題も多く出されました。

夕方台風の大雨でしたがいわきに帰って、農村地帯である遠野地域で懇談会に参加しました。無農薬農業をやっている農家の方も参加して、話は放射能問題に集中しました。農産物生産に関してや食の安全に関して遅くまで話しあいました。女性の参加者が多くその行動力はとてもすごいです。

写真は、懇談会。伊藤浩之市議と。

原子力村を作ってきたのは産業・行政・マスコミなど、体質は戦前のようだと。狭くならない運動を!

18日、いわき市小名浜で「福島原発40年と私たちの未来」原発震災渦中からの講演とシンポジュウムがあり、行ってみました。飯田哲也氏の再生可能エネルギーの話はとてもすばらしく確信が持てました。なぜこのような危険な原発が推進され大事故を起こしたのかの問いでは、原発産業・行政・マスコミなどの癒着、情報操作・隠しなどがある、戦前時とそういう意味では似ているなどの話が。また、みんなが応援者なのだから広く運動を進めようという話になりました。

講師・パネリストは
〇石丸小四郎・富岡町在住・双葉地方の反対同盟の中心になってきた
〇佐藤栄佐久・元福島県知事
〇飯田哲也・環境エネルギー政策研究所所長
〇澤井正子・原子力資料情報室スタッフ


写真は、シンポジュウムで、佐藤栄左久元知事・飯田哲也・澤井正子の各氏


写真は、飯田氏の再生可能エネルギーの説明

科学的資料に基づく話は信頼できると思う・放射線防護学の野口邦和先生の話を聞く

17日、いわき母親連絡会主催の放射線防護学の野口邦和先生の講演を聞きました。科学的資料に基づくお話は納得できることも多かったです。電球にたとえると、光が放射線・電球が放射性物質・光を放射する性質が放射能と考えるとわかりやすいといいます。各放射性物質の特性の話も良くわかりました。これらを知って対応することが重要と思います。放射能が問題になっている牛の検査は、生きている時尿検査をして問題があれば5ヶ月きれいなえさを与えれば八分の一濃度になるという話もなるほどと思いました。会場からは多くの質問が出ましたが、何人もの話を聞いたが「逃げろ逃げろという話ばかりだった、言葉を選んで(納得いく)話してくれた」という人もいました。


写真は、あふれるばかりの参加者


写真は、野口先生の講演


写真は、野口先生と

街宣で議会報告

16日、街宣で議会報告をしました。放射能から子どもを守るあらゆる施策を要求していたが。一定の前進があったこと、福島県議会は、今まで原発推進できた、自民・民主・公明の各党が、本会議で反省したことなどです。国の自民・民主の状況を転換させるため運動をもっと広げようと呼びかけました。
写真は、街宣


写真は、今日(16日)の赤旗日刊新聞の1面に私が乗ってました。アクアマリン再オープンを見ているところです

7月24日(日)共同ーセンターの相談会にお出かけください

下記のように第3回相談会を開きます。

原発賠償問題から何のそうだんでも結構です。

弁護士さんなど専門家が対応します。

秘密厳守・無料です。

電話のみの相談でもOKです。

いわき市内郷御まや町3-101・いわき教育会館内・共同センター
電話0246-27-3322です


写真は、案内ビラ

「放射能から子どもたちを守る施策を」・1340人の署名を添えていわき市長にお母さん方が陳情

15日、「子どもたちを放射能から守るための施策を」と、若いお母さん方が1340人の署名を集め、賛同団体の新日本婦人の会の方々と一緒にいわき市長に陳情しました。陳情内容は①すべての高校・小中学校・保育所・幼稚園に精度の高い測定器の設置②毎時ごとの詳細な放射能の物質名と濃度の情報提供③子どもたちの内部被爆の測定、すべての費用の無料化④被爆の判明後の各種対応と治療⑤内部被爆が判明した場合の避難と避難先の生活の保障です。
対応してくれた鈴木副市長は、市の取り組みを説明し一定の前進方向は見えました。しかし、要望の内容から見てもまだまだ不十分です。また、学校校庭などの表土を削り放射能を軽減することについては、市の負担はないようにと県・国に要望してもらいたいともいいました。今後も子どもを持つ親の声をどんどん届けることが大事と話し合いました。
私は、県の取り組みを説明し、国と東電に全面的責任を持たせ「子どものためには何でもやる」という立場こそ重要と話しました。


写真は、1340人の署名簿


写真は、鈴木副市長に陳情・懇談

写真は、遠藤副議長にも陳情・溝口民子市議と

写真は、陳情を終わって反省会と今後の方向付け

海を臨む水族館・アクアマリン再オープン

15日、海を臨む水族館・アクアマリンは3月11日の大津波で大被害を受けていましたが、がんばって再オープンしました。避難して他の水族館に預かってもらっていたゴマフアザラシ「クララ」が避難先で雄の赤ちゃんを出産し一緒に帰ってきました。赤ちゃんの名前は「きぼう」です。赤ちゃんの写真はとれませんでした。


写真は、津波で瓦礫だらけになったところから復活・瓦礫をステージに


写真は、愛嬌をふりまくとど


写真は、くらげが涼しさを


写真は、蛇の目ビーチも整備


写真は、ほっとお茶を

「事業者は先が見えないと動けない」「最前線基地はいわき市に」・商工会議所と商工会に義援金お届け

14日、日本共産党中央委員会からの義援金をいわき市商工会議所、四倉・久ノ浜・富岡・楢葉・広野の各商工会にお届けしました。いわき市商工会議所では小林事務局長と小野次長に対応していただきました。懇談では、国は人の気持ちまで踏み込んだ対応になってない、最前線基地をいわきに持ってきて体感としてもらう、それが国民全体の安心につながるとう話になりました。原発問題は将来設計が見えない重苦しいものであるということです。特に事業者は先が見えないと動けないといいます。原発の早期収束安全の確保が原則です。共産党の「原発からの速やかな撤退、自然エネルギーの本格的導入を」の提言はどこでも歓迎されました。
写真は、いわき市商工会議所に義援金をお届け・菅野日本共産党いわき双葉地区委員長・長谷部さん・渡辺博之市議と


写真は、途中でまだ使用できない四倉中学校に、浄化槽?盛り上がっていました


写真は、どこでも測定する長谷部さん

東日本大震災 4ヶ月・いわき市追悼式・まもなく4ヶ月

7月9日、まもなく東日本大震災から4ヶ月です。いわき市体育館でいわき市の追悼式がありました。今日現在でいわき市は308人が死亡・行方不明者42人です。大災害は寒い季節でしたが、今日は猛暑でした。渡辺市長は復興に全力を尽くすといい、佐藤雄平知事は家族と子どもが安心して一緒に暮らせるふるさとを再生したいといいました。3・11からすべてが変わりました。「復興と再生」、長い大変な道のりが待っていると思いますが、皆様のお役に立つことを願ってがんばりたいと思います。なんといっても政治の形を変えることが望まれていると思います。


写真は、追悼式


写真は、追悼式の入り口で