5年前の誕生日の文章再録、誕生日嬉しくもあり嬉しくもなし

2月14日の誕生日にあたり、5年前の誕生日に書いた文章を再録しました。

自分の誕生日にして母を思う。母は10年ほど前に83歳でなくなった。戦後のどさくさの中で私を生んだ母は、満州(今の中国東北部)から赤ん坊の私を連れて、無蓋車で大陸を横断し、 船底に揺られ内地(日本)にたどりついた。
屋根のない列車は赤ん坊の死につながる。母は、貴重なこうもり傘で太陽と雨露をしのいでくれた。傘をよこせと軍人・現地人に何度も銃を胸元に突き付けられたが死ぬ時は一緒にとはなさなかった、と。21歳の母親が。戦争は駄目だといつも言ってた。何故戦争は起こるのか、疑問は『戦争反対に命をかけた共産党』を知ってから解けた。9条守れはわたしそのもの。73歳、全てをかけた参院選がやって来る。