いわき市(小名浜地区進出)がイオンと協定を結んだことでコメントが・・そのまま掲載します(イオン2)

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③貴ブログを拝読し、ペデストリアンデッキの設計が変更になっていることを知りました。イオンモール内部を貫通しておらず、建物によって分断されているということでしょうか?貴職が書かれている通り、これでは安全性がないがしろにされており、また、復興交付金という私たちの血税が大企業の利益に資するために使われているのでは、という疑問が湧きます。このような大企業ばかりに手厚い不平等・不公平は認めがたいものです。いわき市議会や福島県議会、あるいは復興庁で取り上げてもらいたいものです。

②私はF1経験から、原発に反対で是非とも不安のないエネルギー政策を実現させてもらいたいと強く思ってます。そのためなら、電気料金が割高になっても受け入れるつもりですので、是非とも実現させてください。ところで、私は小名浜で仕事をしてますが、小名浜の開発が進んで活気が戻ることは良いことだとおもってました。イオンモールもいわき市にはありませんし。そんな問題があるとは思いませんでした、市がやることはすべて正しいものだと思ってました。知らない、知ろうとしないことは、私の子供達の将来に対してとても無責任なことなのかと考えさせられました。原発の影響もそうです。3.11の後で、消防車が津波警報を広報して回ったことがあります。実は誤報?だったのですが。そのときの恐怖を内陸の人は理解できないでしょうね。私の知人のお母さんと、その子供さんと二人が津波で亡くなりました。市には、しっかりと安心できる開発をしてもらいたいです。

①震災での津波被害を経験した「いわき市」にとって、この小名浜での開発が評価されるポイントは、アクアマリンパークと旧市街地を結ぶ動線を整備し、そしてその動線を、再度津波が来てもアクアマリンパークで働く人や観光客が安全に避難できる機能を付加した公共の都市施設で整備することで、働く人や観光客の安全を担保し「安心」を訴求することで交流人口を増やすことであって、「イオンモール」ができることは二の次の話だと思います。みなと公園から北側公園に通じるペデストリアンデッキは、立地するのがイオンモールであっても他の施設に変わっても、全長すべてを「いわき市」が所有管理し、24時間・365日開放されてる状況にしなければ、意義が半減します。イオンモールができるのであれば、このデッキを挟んで東棟と西棟にするとか、または、デッキの部分だけ逆凹型にすれば良いと思います。万一の場合に、物理的に店舗内を通れない事態が生じた場合には、デッキから一旦1階に降りて、道路を横断して逃げれば良いなんて考えは論外でしょう。それに、イオンモールに限りませんが、大型店は、出店後に採算が合わなければ撤退することも考えられ、不採算・施設の老朽化・統廃合と理由はさまざまながら、事実、全国では600店以上の大型店の店舗が撤退や閉店されてます。閉店や事業者移譲といったリスクヘッジの意味においても、デッキの端から端まで、いわき市が所有・管理すべきです。また、話は変わりますが、先日、小名浜で商売されている方と話をした際に、「イオンモールがオープンして、自分の商売が駄目になったら借金もないので、潮時と思って店を閉めるか、建物を壊して他に貸すよ」なんて話をされましたが、その方は、グループ補助金で結構な金額をもらっており、その場合には、それなりの金額を返還させられる可能性があることを知りませんでした。行政には、万一、そのようなケースが生じた場合には、救済されるような手当てを整備してもらいたいと思います。

「南京病院・特攻・原爆・看護婦としてかかわって」・92歳鈴木さん戦争を語る。「日本人・韓国人・心と心の歴史」・呑川さん講演。勿来9条の会6周年記念

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20日、勿来9条の会6周年記念が勿来市民会館で開かれ会場からあふれる230人が参加しました。元従軍病院看護婦・鈴木トミ子さんは92歳ですが軍国少女として真珠湾攻撃の日に中国南京病院に渡った、手足を失った兵隊を診た、特攻で15歳で飛んでいった少年を送った、原爆を受けた人も、教育で戦争が正しいと教え込まれた恐ろしいことだ、今話をしないとと思い始めて話をしたといいました。

呑川泰司さんは安重根(アン・ジュングン)の事を例に、相手の立場に立った考えが大事と講演しました。

写真は、呑川泰司さん講演

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写真は、いわき雑魚塾コンサートも